君は僕を愛してる?
君は何も言わなくても
君は僕を愛している
だって
君は僕が造ったんだから
造り物の心
「アスランさん!何か届いてますけど」
展示場の隅、カーテンで仕切られたそこはアスランの仕事場だ。
呼び掛けても反応がないところをみると、どうやら眠っているらしい。
昨夜も遅くまで物音がしていたから、そのまま眠ってしまったのだろう。
「アスランさーん」
まだ店を開くには早い時間だけれど、それでもこのくらいには起きていてくれないと色々不都合だ。
そっとカーテンを引くと、作業机に突っ伏したアスランが目に入る。
「ん……キラ……」
伏せられた顔の下から聞こえた音に、シンの顔が僅かにひきつる。
(夢にまで見てんのかよ……)
全くもってめでたい頭だ。
そんなにキラが恋しいのならこのカーテンの中にキラも入れればいいのにとシンは首を傾げる。
キラはカーテンのすぐ横に座っているのだから、中への移動はそこまで苦にならないはずだ。
ちゃんと自室で眠るときはキラを運んでいる手間を考えて、以前アスランにそれを告げたところ、
必死の形相でとめられたからそれ以来口にはしないものの、今でもそう思う。
カーテンの中に入れていた頭を引いてキラを見ると、いつもとかわらず艶やかな微笑を浮かべていた。
「起きないな」
アスランがキラに語りかける癖がうつってしまったのだろうか、シンはキラに呼び掛ける。
反応は当然なかったものの薄紅色の頬が本物の人間の体温を感じさせ、キラは今にも動きだしそうだ。
「アンタからもなんか言ってやってくれよ」
キラがいると独り言をしている感覚にはならない。
だからくすくすと笑いながら、シンはカーテンを勢いよく引っ張った。
「ホラ、起きてくださいよ!」
薄暗い空間に光が入り、アスランはその刺激で頭をあげる。
眩しいのか細めた瞳と開けた襟元が妙に艶かしい。
「っ……もっと優しく起こしてくれてもいいじゃないか」
「十分優しいですよ」
そうかなぁ、と寝起きの頭を撫で付けるアスランは小さく欠伸をした。
国一番の色男が何とも情けないとシンは盛大にため息をついた。
「ったく……キラが笑ってますよ」
それはシンが何気なくつぶやいただけのことだったのに。
アスランは机を掌で叩きながらその勢いで立ち上がった。
同時にアスランが腰掛けていた丸椅子ががたりと倒れた。
「キ、キラッ!違うんだこれはっ……」
襟のボタンを留めながら、アスランは慌てた様子でキラの元にひざまずく。
「キラ……誤解だから……ね?」
キラの白い手に自分のそれを重ねながら弁明しているアスランは何とも滑稽だ。
起きてからこの行動に至るまでの意味は全くわからないものの、
美男子が人形に謝っているなんて滅多に見れない貴重な体験だとシンは喉の奥で笑う。
その微かな音を耳にしたアスランは普段の柔和な表情とはうってかわったすごい
形相でシンを振り返った。
「何を笑っているんだ」
「だって……真剣に人形に謝ってるんですもん」
「元はといえば……君がいけないんだろう!」
「はぁ?」
店主を起こしてやったことの何がいけないんだと元々短気なシンは眉を寄せて不快を露にする。
「俺が何したっていうんですか」
「キラがやきもちを妬いてしまうだろう」
「……え?」
いつも以上に訳のわからないアスランの発言に、シンは哀れみの視線を向けた。
それにむっとしたのかアスランは立ち上がるとキラの額に唇を落としてからシンに向き直る。
「自分以外の人形に触っている俺をキラが見たがると思うか?」
「……」
いよいよアスランの頭が可哀相になってきた。
そして同時に、ああ、と納得もしてしまう。
キラをカーテンの中に入れるのを拒む理由を。
そういえば仕事中にカーテンの中にはキラを入れないけれど、カーテンのすぐ横
に置くのには、
それが「一番近くて一番遠い距離」だからだとか言っていた気がする。
要は「キラ以外の人形を造っている」のをキラには見られたくないけれど、遠くにいてほしくないらしい。
(阿保くさ……)
浮気現場とでもいいたいのだろうかと怒りの色を瞳に宿したアスランを鼻で笑うと、彼は眉間の皺を深くした。
「笑い事じゃない」
「……」
ぴりりとした空気が辺りを包む。
面倒臭いことになってきた。
何かアスランの気をそらせるものはないかと辺りを見回して、先ほど届けられた荷物のことを思い出した。
「ああ、そうだ!」
「話は終わっていないが」
「荷物が届いてますよ!」
荷物?とアスランは暫く思考を巡らせてから、今までの不機嫌が嘘のように表情を綻ばせた。
「そうだった!ありがとうシン」
「あ……いや……」
自分は何も感謝されることはしていないが、上手くアスランの機嫌が直ったのでよしとしよう。
シンは入口の方までいって、届けられた箱をアスランの元まで持ってきた。
「何が入ってるんですか?」
「キラの新しい洋服だ」
「え……」
うっとりとした表情でアスランが箱をひろげると、そこにはドレスが一着。
キラの瞳と同じ、菫色を基調としたもので鮮やかなレースが至る所にあしらわれていた。
「これ……キラのですよね?」
「ああ。もうそろそろキラも新しいものを着たがっていたし」
「着たがっていた……ですか」
「ああ。これで機嫌を直してくれると嬉しいんだけど」
(キラが本当に妬いてるとでも思ってるのかよ……)
人形相手に、と思いつつも張り切るアスランを止める気にはならない。
「ああ、シン。キラの着替え手伝ってくれるかい?」
「へ?いいですけど……」
肩口までさげられたドレスを見て、シンは笑ってしまった。
アスラン的な思考でいくと、シンに着替えさせられたらキラは恥ずかしいのではないだろうか。
だからそれを冗談めかしてアスランに告げると、彼は「そうか!」と大きく頷いた。
「それもそうだな、シン!俺は女の子の気持ちに疎くって……」
「え……いや……女の子って……」
(人形じゃないか……)
この人は本格的に危ないかもしれないという気持ちを口には出さずにいると、
アスランはキラの胸元を隠しながら穏やかにシンに話かける。
「ルナマリアちゃんにもその調子で頑張るんだよ」
にこにこと悪意のない微笑を浮かべるアスランに対して、シンの顔が朱に染まり、少年の怒鳴り声が狭い部屋に響くのだった。
僕の気持ちは
僕をつくったあなたの気持ち
愛するあなたの望むままに
僕の心をあげましょう
偽りを言う声はないから
あなたの願いが僕の思い