エス





「暑い…」

そう呟きながら、第二ボタンまで開ききったワイシャツの胸元をキラが指先で摘む。
白い指先が晒したキラの鎖骨がうっすらと見えてしまって、アスランは思わず目を背けた。

「ああ、暑いな」

ごまかすように同意して、そんな必要はないのにキラから視線を外す。
節電だ、と言い放って教室の冷房を切った奴は鬼ではないだろうか。
この季節にテスト前で落ち着いて誘惑に負けずに勉強できるところといったら図書室か教室くらいしかない。
図書室は話ができないから嫌だと言ったキラの我が儘に付き合ってこの場にいるが、正直地獄だ。

色々な意味で。

大体話したら勉強の意味がないだろう、というアスランの意見は当然の如く無視されていた。
教科書とにらめっこをしているキラの集中力の無さはピカイチで、アスランがいなかったら勉強なんてしないと本人も豪語している。


「アスラン、うちわ持ってない?」

関係のない話がでたから、キラの集中力が切れ始めている証拠だ。
探すまでもなかったが一応辺りを見回してから「持ってない」と告げる。
けれど、それを言い切る前にキラがアスランにしなだれかかってきて、瞬間的に鼓動が跳ねた。
汗の滲んだ額がアスランの肩に当たって、キラの体温が伝わる。

「暑いんじゃ……ないのか?」

声が上擦らないように、平静を装って尋ねる。
するとキラからはそれすらも面倒臭いような溜息が漏れた。

「暑いよ……でもアスラン冷たさそうだから」
「おい」
「アスランも一応人間なんだね……あったかいよ」

なんとも失礼なことをいいながら、キラは渋々と身体をアスランから離す。

「アスラン、アイス買って帰ろうよ」
「まだ始めて十分も経ってないぞ」
「いいよ、もう…死んじゃう」

俺の方が、死にそうだ。
精神的に。

先ほどより大きく開かれたキラの胸元に何故か息を飲んでしまって、必死に冷静さを保つ。

「アスランはかき氷ね」

半分貰うね、と勝手に決められても文句は言えない。
かき氷を頬張るキラは純粋に可愛い。

「僕ミルクバーにしよーっと」
「口のまわり汚すなよ、いつもベタベタにするんだから……」

と言いかけてアスランははたと息を止めた。
普段と言ってることは変わらないのに、汗ばんだキラの胸元を見てから何かがおかしい。
男のキラに感じるおかしさの理由が聡明な頭でなんとなく理解できてしまったから、アスランの心拍数が極端にあがる。
いつもと同じキラの姿に、いつもと違う想像が加わってしまう。
俺にはこんな妄想癖があるのか、と自問すれば、ただでさえ暑いのに体温が上昇する。

「制服、ズボンやめてスカートにすればいいのにね」

そんなこと考えてる時に、キラは意識してこんなことを口にするのだろうか。
タイミングが良すぎて疑ってしまうのも無理はない。
けれどキラが人の心が読めるみたいな特殊な能力の持ち主のはずがない。
スカート姿を想像しないようにアスランはコホンと咳ばらいした。
意識しているのは自分だ。
キラは何も悪くない。
じんじんする頭をくしゃりとかく。

「俺、変態かな……」
「知ってるよー」

小さな呟きを笑いを含んだ声で同意されて、アスランは頬を引きつらせた。
聞こえていたのかとうなだれる前に、濃紺の髪から覗く左耳に、ふっと吐息がかかった。
そのあたたかさの主ははキラの以外の何者でもなくて。

「僕が結婚してあげるから安心しなよ」

至近距離で、にっこりと微笑まれて絶句する。
キラも俺のことそういう風に、とこの流れでは当然思うことを口にしようとして。

「だからかき氷頂戴ね」

キラの一言に、「はい」としか言えないのであった。






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おそらく両思い。
きっと両思い。