「アスラン、キスして」 キラからの言葉はいつでも唐突だ。 幼馴染という関係上、キラのその性質はよく理解していたつもりだったけれど、 今回の台詞は「はい、そうですか」と受け入れることも流すこともしにくい厄介なものだ。 「嫌だ」 いつもと同じように二人で下校する。 その「いつもと同じ」中でキラから発せられた言葉にアスランは一言で答えを出した。 「･･････嫌なの？」 「ああ、嫌だ」 アスランよりもキラの方が背が低いから、キラは見上げるようにしてアスランの表情を伺う。 やり辛いな、と思いながらも歩を止めることはしないでアスランはキラから視線を逸らすようにして空を仰ぐ。 それでもキラがじっと見つめてくるのが解ったから、内心で溜息をつきながらキラを見下ろす。 キラのアメジストみたいな瞳が射抜くようにアスランを見つめていた。 キラの瞳は何よりも美しいと思う。 それは初めて出会った幼少の頃から変わらない感情だ。 それと同時に苦手だとも思う。 宝飾品は人の心を惑わす。 キラはそれに加えて人間だからまっすぐな感情もその紫玉に寄せているから嘘がつきにくい。 だから今もこうしてキラの瞳を見つめ返すのには勇気がいった。 直せと言われるポーカーフェイスがこんなところで役に立って、自分の愛想のない顔にこの時ばかりは感謝をする。 「それは僕が男だから？それともただ嫌いだから？」 キラの声に頭の芯がぐらりとした。 いつになく真剣な表情のキラに驚きがあった。 嫌いという感情を今まで自分がキラに見せたことがあっただろうか。 思ったことすらない種類の感情をキラの口から発せられてアスランは眉をよせる。 けれどキラにそれを伝える上手な答えが見つけられないままアスランは唇をぺロリとなめる。 今日は空気が乾燥しているせいだからに違いないと、アスランはキラに気が付かれないように息を吐いた。 「キラと俺は友達だろう？」 アスランの確認のような問いかけに、キラが一瞬詰まる。 いつのまにか足を止めていた。 道路にたたずむ二人に誰も気を止めることなく通り過ぎていく。 「質問に質問で返さないでよ、アスラン」 いつも君が言うことじゃないか、と少し怒った風にキラが言った。 その手は心細いのか、アスランのセーターの裾をしっかりと握っていた。 もしかしたらアスランが逃げないようにするための策かもしれないけれど、 キラの性格から判断すれば自然な行動だったのだろうとアスランは特別咎めることもしなかった。 「キラ、お前どうしたんだよ？」 受験でストレスでも溜まってるのか？とアスランがキラの頭をいつものように撫で付けようとして、 その手はパシン、と跳ね除けられた。 拒んだのは当然キラだ。 「答えてよ、アスラン」 「答えて･･････って」 なにを、と言おうとして、キラの瞳に涙が溜まっていることに気が付いた。 「キラ･･････おまえ･･････」 再び手を伸ばそうとして、同じようにその手も振り払われる。 「僕はアスランにとって、友達？」 「ああ」 「ただの？」 「親友だろう？」 キラの瞳はやはり苦手だ。 自分で選んだ言葉なのに声が引きつるような気がする。 「そっか」 苛立ちを含んでいたキラの声がストンと落ちるように明るいものへと変わったのがわかった。 「わかった。ごめんねアスラン、変なこと言って」 その声のトーンが普段のキラのものと変わらなかったから、アスランは安堵を覚える。 やはり悪ふざけだったのだと、どこかで落胆を覚える自分を必死に打ち消しながらも、そんな自分に疑問を覚える。 友達と言ったのは自分なのに、そのことに妙な突っかかりを覚えるのは気のせいだろうか。 キラはくるりとアスランに背をむけると、大きく背伸びをした。 猫みたいなキラの仕草にアスランは思わず微笑んでしまう。 「キラ？」 「ん？」 振り返ったキラはやはりいつも通りのキラだった。 泣いているように見えた瞳も濡れてはいなかったから、さっきのは錯覚なのだろう。 けれどそう思うのがなぜか腹立たしくて、気が付けばキラの手を勢いよくひいていた。 「わっ･･････なにす・・・・・・」 なにするの、と言い切ろうとしたキラの腰を抱くようにして唇に自分のものを重ねる。 キラに嫌だといったのは自分のくせに、なにをしているんだろうと思ったけれど、キラの紫の前にアスランはいつも打ち負ける。 だからキラの瞳は苦手だ。 アスランの身体をキラは力いっぱい押した。 「キス、嫌って言ったくせに」 「したくなったから」 「なにそれ・・・・・・最悪」 「キラが頼んだんだろう」 「そういうデリカシーのないこと言わないでよ。女の子に嫌われるよ」 「女の子に好かれて欲しいの？」 唇を離した途端まくしたてるように抗議の言葉を口にしたキラをなだめるでもなくただ受け答えをする。 最後の質問をした瞬間に、きゅっと唇を噤んだ。 そんなキラにアスランは息をのむ。 「いや･･････だけど」 聞き取るのがやっとな声でキラがぼそりと呟く。 「キラ、可愛い」 「な、なに言ってるの！さっきまですごい拒否してたくせに！」 「拒否してたわけじゃなくて、モラルとして。と思ってたんだが･･････」 アスランはそう言いながら空を見るふりをしてキラの意識がそれたところを狙って再びキラの唇を重ねる。 「ア、アス･･････」 「キラのこと好きみたいだ」 真っ赤になったキラを見て純粋に可愛いと思う。 キラの瞳に弱いのだと思っていたけれど、キラそのものに弱いみたいだ。 それが恋なのだということにいまさら気が付くアスランに、キラは頬をもっと赤く染めた。 「ぼ、僕のが好きだもん！！！」 自分の声に驚いて走り出したキラをアスランが捕まえて、三度目のキスをした。