その日はもうすぐやってくる。

大好きな

大好きな彼の―――――









++++++++++




「……ラ………キィーラ!」

いつもと同じ帰り道。

キラは耳慣れた幼なじみの声にはたと足をとめた。

「な、なにっ?アスラン」
「俺の話、全然聞いてなかったよね」

キラより少しだけ背の高いアスランは頭の上で、全く、と小さく言ってから溜め息をついた。

「ご、ごめんねっ」

キラはアスランの機嫌を損ねないように、一歩だけ早く進んでしまった彼の袖をキュッとひく。
するとアスランは初めこそ眉を寄せていたものの、すぐに微笑を浮かべた。

「いいよ、慣れてる」

口調は優しいものだけれど、
慣れているということは普段のキラのこともさして 窘めているのだろうから、
キラは小声でもう一度だけ「ごめん」と呟いた。

「だから、いいってば」

アスランはふんわりと笑うとキラの頭をそっと撫でる。
それが心地よくてキラが目を細めると、アスランの笑みももっと深くなった。

「でもさ」
「ん?なぁに?」
「今日のキラはいつもよりぼーっとしてるよね」
「え?そ、そうかな?」
「うん。今日……っていうか最近」

なにかあった?と顔を覗きこんでくる幼なじみの鋭さには感服ものだ。
キラがわかりやすいだけなのかもしれないけれど。

「もしかして……具合悪い?」
「え?」
「キラの苦手な課題でてるだろ?それ、夜更かししてやってるとか……」

先ほどまで笑みをたたえていたアスランの表情はみるみるうちに曇って、
キラの ことを心から心配しているのが見て取れる。
だけどアスランが心配するようなことは一切なくて。
課題にはまだ手をつけていないから、それはそれで心配かもしれないが、
夜更かしなんてそんな体調を崩すような真剣な取組はゲーム以外にはしていない。

「ううん!全然違うよ!」
「え……じゃあ、もしかして何もやってないとか?」

キラが反射的に頷くと、アスランは藍色の髪をくしゃりとかきあげた。

「俺、今回は手伝わないぞ」
「えええ!」

体調が悪いと心配されるよりは、と慌ててこたえてしまったものの、課題は課題で心配してもらいたい。

「あすらぁん……」
「そんな声だしてもダーメ」

半泣き状態のキラのおでこを指先で弾くアスランに、キラの悩みは気付かれていないようだ。
わかりやすい自分だから話をそらすことが出来てホッとはしたものの、実際課題に関してはアスランの手伝いがないと困る。
だから上目遣いで哀願していたら、いつの間にか家に着いてしまった。

「ほら、もう家だよ」
「あすらぁん、だめ?」
「だーめ」
「いじわる!」

アスランはキラの背中を押して家に入るよう促すけれど、
この後も結局二人で遊 ぶのだからそんなに急かされても意味はなかった。

「手伝いくらいはしてあげるから」

その言葉に振り返ると、アスランはもう彼の家の門まできていた。
家が隣同士だから近いのは当たり前なのだけれど。

「今日はどっちで遊ぶ?」

キラはそう問いかける。

「課題もって俺の家においで」
「えー!今日やるの!?」

キラの文句が終わる前に、アスランはひらひらと手を振って家の中へと消えていった。
















「やっぱりダメだ……」

キラは机の上に置いた陶器のうさぎと睨めっこをしていた。
うさぎと、というよりはその中から出てきた銀色のコイン達と。
悩みの種である。

「こんなんじゃ……たりない……」

いち、に、さん……と数えるキラの声は小さい。
枚数を把握すれば自然とため息がこぼれる。

いつも、いつもこうだ。

今年こそ、と思うのに、キラのこのうさぎの貯金箱にはお金がたまらない。

別にキラがなにかを欲しいのではなくて。
キラは貯金箱のなかから出したお金をギュッとにぎりしめてから、カレンダーを見た。

「ふあぁ……もうすぐだよぉ……」

あと一週間もないのだ。
アスランの誕生日まで。
去年も一昨年も。 大好きな幼なじみのために、なにかすごいものを買ってあげたいと思うのに、
キラの性格のせいかちっともお金はたまらなかった。
アスランに「ごめん」と言うと、いつものように微笑んで「気にしないで」と言ってくれる。
気持ちが嬉しいから、と本当にアスランは優しい言葉をかけてくれる。
けれど、それではキラのアスランに対する気持ちは伝わっていないのではないかと不安になる。
だから今年こそは、と気合いを入れていたのに。
やっぱり例年通りだった。

「はぁ……僕ってやっぱり……だめだめ……」

机につっぷせば涙はなんとか出ないでいてくれる。
別れてからもう三十分はたっているから、そろそろアスランが心配して迎えにきてしまうかもしれない。

「ああっ、早くしないと!」

キラは学校で着ていたワンピースを脱ぐと、白いキャミソールと桃色のプリーツスカートに慌てて着替える。

「アスランせっかちだからね」

独り言をしながら、アスランに言われた課題を手にとる。

が。

こんなものあったらアスランと満足に遊べない。






「………」






ほんの少しだけ考えたあと、キラは課題を机の上に置き去りにするのだった。




next