住む者の心を表すかのように、ベッドや机など必要最低限の物以外取り立てて何もない部屋に、
マネキンが羽織っている淡い萌黄色のフレアドレスだけがその場所を彩らせていた。
華やかなその色彩とは裏腹に、それを近いうちに着用する本人の心は沈んでいる。
胸元にあしらわれたエメラルドの彫刻花が、諦めようと思う心に「もしかしたら 」という微かな希望を見出ださせてしまう。

「アスラン……」

この広く、そして無機質な部屋の住人であるキラはそっとその花に触れた。
とても綺麗だけれど、硬質で冷たい。
彩は彼の瞳に似通っているのに、コレは血も通わないただの石。

「綺麗だろ?」

と、絡み付く粘着質な声色で尋ねてきた婚約者は、敢えてこの色 にしたのだろうか。

「やだ…やだよアスラン……」

キラは婚約者であるユウナの抱擁を思いだし身震いした。

細い身体を抱き締めて落ち着こうとするけれど、頬からは勝手に透明な滴が零れ落ちる。
こんな時に恋人の、いや、恋人だった人に助けを求めて祈るなんてことのむしの よさは分っていた。
国を守るためにアスランに別れを告げたのは自分なのだから。
これからキラはアスハ家の者の務めとして毎晩セイラン家のユウナに抱かれ、そしてユウナの子供を身ごもり、
戦火で絶望に覆われたオーブに希望の光を見出ださせなければならない。
そのための、キラは格好の生贄。
もちろんカガリは反対してくれた。
キラは男であるし、私がユウナと結婚すればいいのだと。
それでもキラにはカガリを犠牲にすることなんて出来なかったからキラは自身をカガリの「妹」として公式の場に出ることを選択した。
セイラン家としては、キラが男であれ女であれ、アスハの血が流れていればいいのだから。
そのことを悔やんでいたのだろうか、カガリはオーブから姿を消した。
すぐに戻るから、そうキラの額にキスをして。
あれから二か月が経とうとしていた。
カガリが姿を消してから、ユウナとキラの婚約はすぐだった。
あとはもう、キラの身体はセイラン家の思うままに扱われていた。 女性らしい丸みを出すため、
毎日のように打たれた注射によって平らな胸には膨らみができていた。
そして男性器こそ除去されなかったものの、キラには女性としての機能を有す器官が設けられた。
キラの細胞で全てが作られた、女性器にユウナは感嘆の声を漏らしながら触れた 。
無遠慮に指を突き刺されて、キラは痛みに顔をしかめたけれど、ユウナはオーブの技術力に満足げな様子だった。
キラはこれまでのことを思いだし、溜め息を零した。
昔とは違う身体で、カガリは何と言うだろう。
そしてアスランは、どういう表情をするだろう。

「なにも……ないか……」

だってキラはユウナの妻になるのだから。
アスランはザフトが、強いてはプラントが誇るパイロットだ。
立場上、キラと会見などをするかもしれないけれど、その時キラを見る眼はどうなるのだろう。
いつもの愛しげなものではなく、失望の視線を投げ掛けるのではないだろうか。
それを解した途端に胸にナイフが刺さったみたいに痛くなって、キラは嗚咽を漏 らした。

「やだよぉっ……アスラン……」

別れを告げた時、アスランは何も言わなかった。
だから彼が考えていることなど何も分らなくて、キラはただ底の見えない崖の淵に立たされただけなのだ。

わかってる

彼のそのことばだけを期待した。

けれどそれは叶わなかった。

もう、どうしようもないのだ。





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