時計を見れば、まだ六時もまわっていなかった。

「……あ？」

寝起きで何とも情けない声を出しながら、シンはベッドのなかで黒い髪を掻きむしる。
早起きなんて滅多に、と修飾しないでよいほど、しない。
外からチュンチュン鳥の鳴き声が聞こえるから、夕方まで寝ていたというわけではないだろう。
とはいっても、早朝の鳥の声を聞いたのも初めてだけれど。


「……もったいない……」

寝る時間が。
まだ休み中だから、こんな時間に起きなくてもよい。
なのに目が覚めてしまったなんて、明日は雨が降るかもしれない。
お気に入りの抱き枕に抱き着いて、再び睡眠を貪ろうと顔をそこに埋めた瞬間。

違和感が、あった。

温かいのは、シンが今まで抱き着いて眠っていたのだから仕方がない。
けれど、枕にしては、少しかたい。
かと思えば、ふにゃ、と柔らかな部分がある。
そして何故か、どきどき、と小さく音が聞こえた。

動物の、いや、人間のように。


「へ……」

こんな間抜けな声が出てしまうのは、決してシンが悪いからではない。
悪いのは……


「キラさんっ！？」

すごい勢いで跳び起きたシンがキラの名前を口走ったのはその姿を見たからではなく、匂いがしたからで。
今度は視覚に頼ってまじまじと枕（だと思っていたもの）を見れば、やはりキラだった。
無防備に、すやすやと寝息をたてて。

「へっ？あ……あれ…？」

どうしてこんなところにキラが、と当たり前の疑問がシンをパニックに陥れる。
暫く口をパクパクさせていると、唐突にキラが目を開いた。
むくりと起き上がって目を擦る仕種も愛らしい。
健康的なはずの水色のパジャマが、妙に色っぽい。

「ぇ……あのっ……キラさんっ……」
「あれぇ……シン……どうしてこんなところにいるのぉ……？」

こっちのセリフだ！といいかけたところでキラは再びごろりとベッドのなかに崩れ落ちた。


「んー……まだねむいよぉ…」
「俺もですよ」

すっかり目の覚めてしまったシンは当然のようにそこにいるキラを揺さぶろうとして目を反らした。

「キラさん！」
「んー……？」
「いや、あの……」

胸が、見えてます。


うまい具合にボタンが外れて、キラの豊満な胸が僅かだがのぞく。
キラが寝返りをうつと、もっと広がって、シンは身体ごとそっぽを向いた。

「ぁー……ありがとぉ……」

衣擦れの音がして、少しばかりシンはほっと息をつく。
健全な一少年としてはキラの媚態を放っておくのはもったいない気もしないではないが、卑怯者にはなりたくないと跳ねる鼓動を必死に抑えた。

「ありがと……シン……も……いいよ」

キラから返ってきた声に安心して振り返って、シンは思わず悲鳴をあげた。

「全然よくないじゃないですか！」

ボタンを嵌め直すどころか、全て開いて、首を傾げるキラは犯罪級に可愛い（と書いてヤバイと読む）。
折角我慢していたのに、キラから誘うなんて反則だ。

「ぇ……いや……」

自制しなければ、と心のなかで念じるのに。
キラはそんなシンを嘲笑うかのように、ぴたりとシンの背にくっついた。
シンのパジャマ越しに感じる柔らかさ。

「きらさっ……」
「シン……いいよ？」
「え……いいって……」
「シンのしたいこと……していいよ？」

誘われているとしか思えない言葉にシンは慌てて振り向く。
身体は密着しているから顔だけ動かすと、キラの潤んだ紫玉が見つめていた。

「キラ……さん……」
「ん……」

堪えられないとばかりに、抱きしめれば、その華奢さにさらに胸が高鳴る。
髪をすいて顔を近づけたらキラは目を細めた。
だから、していいんだ、とシンはキラの唇に自分のものを重ねる。

「んっ……」

キラがむずかるような声を零し、シンはより強く唇を押し付けた。
あまりにも性急すぎて、舌をいれるのも乱暴になってしまった。
それでもキラはそれを受け入れて、ピチャピチャと湿った音が部屋に響く。
陽がでてきたせいか、部屋は少しだけ明るかった。
だからキラの表情に陰が落ちて、一層艶っぽい。


「キラさ……」

好きだ

その気持ちを伝えたい一心で、名残惜し気に唇を離す。
濡れたキラの口端を緊張で熱くなった指先で触れると鼻にこもるような声が聞こえた。

「シン……ね……」
「は、はいっ……なんでしょうか？」

思わず敬語になってしまうのが情けない。


「お誕生日……おめでとう……」


シンに覆いかぶさったきたキラに頬を染めながら、シンははたと息をとめた。

そうだ


今日は、誕生日。

それでもって、始業式。





ドンッ





頭を打った。


キラに押し倒されるがままにベッドから上体だけ落ちてしまった。

「キラさっ……なにするんですかっ……」

抗議の声をあげたけれど。
シンの上に乗っかっていたのはキラでもなんでもなく。

愛用の枕。


「………夢？」


そう認識した途端、じわりと涙がにじんだ。


「俺……欲求不満なのかなぁ……」

パジャマ代わりのスウェットのとある部位が、熱かった。

時刻は８：２７

遅刻は確実だった。



→おまけ？