扉にロックをかけようとしたところで、アスランは背後に感じた気配に手を止めた。
今一番会いたくない人物が、そこにはいた。

「……イザーク」

ふん、と偉そうに腕を組む銀髪の同僚は、相棒のディアッカを従えて、
挑戦的に アスランを睨みつける。

「何をこそこそとやっている」
「別に」

内心でははらはらしているものの、キラが部屋の中にいることは決して悟られてはならないと
アスランは平然を装う。

「貴様、いつもはロックかけないよな」

いらないところはよく見ている。

舌打ちをしそうになって、アスランはそれを何とか堪えた。

「たまたまさ」

イザークはなにかを訝しむように扉に近づいて、アスランはしまったと思わず身体をイザークにぶつけた。

「貴様……」
「いや……悪かった」

よろけたイザークは目尻をキッとあげて、今にもアスランに殴り掛かりそうな勢いだ。
とっさに部屋への入り口を身を張って塞いだけれど、怪しまれないはずがない。

「なにか隠しているのか」

アスランにぶつかられた箇所をはたきながらイザークはぞんざいに尋ねる。
当然隠しているものの正直に答えたら正真正銘の馬鹿だ。
ただの非難民がいるのならともかく、キラは人間ではない。
ニコルあたりならともかく、イザークは性格的にもキラを評議会に突き出すだろう。
だから決して知られてはならない。

「危険物でも持ちこんでいるんではないだろうな」
「まさか」

思わず笑ってしまった。
キラが危険物だなんておかしすぎる。
だがそんなアスランの心情など知らないイザークはアスランのそんな様子が気に障ったらしく、表情を険しくした。

「何がおかしい」
「いや……」
「本当は持っているんだろう」
「持ってない」
「証拠は」
「そんなに俺の部屋が見たいの?」

アスランの嘲笑に俯いたイザークの身体は小刻みに震えていた。
こういう風にいえば、イザークが部屋を見たがるはずがないとアスランは心の中で勝利を確信する。
イザークをさっさと追い払って隊長の所に行かなければならないのだ。
キラの元へ早く戻るために。
アスランは怒りに震えるイザークの肩をぽんと叩くと、「じゃあ」と足早に通路を伝っていった。




















「アイツ……殺す」
「おいおい、物騒なこと言うなよ」
アスランへの心からの想いを口にしたイザークを、今まで黙っていたディアッカが宥める。
けれど真剣味のないディアッカの声はイザークの怒りに拍車をかけるだけで。

「どうしてあんなにアイツは頭にくるんだ!」
「さ、さあ」

イザークは息を荒くしてディアッカに詰め寄った。

「俺に言われても……」

情けない返事にイザークは「クソッ」と小さく漏らす。

「喧嘩するほど仲がいいってことじゃない?」

ディアッカはけらけらと笑ったが、眉間突き付けられた拳銃に思わず両手をあげて降参ポーズをとった。

「貴様も殺すぞ」
「……冗談だよ」
「言っていいことと悪いことがあるというのは、母親に習わなかったか」

ここで「先生」とか言わないで「母親」と言うのがイザークらしいとディアッカは吹き出しそうになったが、
拳銃恐ろしさに言葉をなんとか飲み込む。

「それにしても……怪しいな……」

イザークはアスランの自室の扉を見つめた。

「怪しい?何が」
「俺は……アイツがあんなに焦っているのを見たのは初めてだ」
「焦る?アスランが?」
ディアッカは首を傾げていたが、アスランの様子に確かに違和感があった。
先ほどの行動の全てが、この扉の向こうへ侵入をはばもうとしていたようにしか感じられない。

「……」
「イザーク……?」
「覗いてみるか」
「は?」

イザークってば実はアスランのこと好きなんだ!というディアッカの驚きの声は銃口に制される。

「どうにも……死にたいらしいな」
「銃、どこから出したんだよ……」
「アスランの秘密か」
「イザーク、すごく嬉しそうだな」

それはそうだ。
天敵の隠し事。
知りたくないはずがない。
卑怯なことは大嫌いだし、他人の部屋を覗く趣味もない。

だが。

アスランはロックをかけていかなかった。
もしかしたら、危険物を持ち運んでいるかもしれない。
前者は軍人としてのアスランの過失、後者は自身の軍人としての(こじつけ)義務で調べなければならない。






しばしの葛藤のあと、イザークは一歩踏み出した。




開いた扉の向こうで、持ち込まれた危険物が爆発した。





イザークのそんな想像は一瞬にして砕かれた。
「アスランッ!」
イザークは踏み入った瞬間に身体に感じた衝撃に目を見開いた。

ぎゅうと身体を締め付ける、柔らかな温もり。
ほのかな甘い花の香り。
鈴を転がしたようなとはこういうのを言うのか、と刹那に思った愛らしい声。

「アス……ラン」
そう呼ばれたのは自分だろうか。
普段だったら即ぶちギレただろうが、あまりにも心地よい五感への刺激にそんな気にもなれなくて、
とりあえず頭の中を整理する。
恐る恐る視線を下にずらすと、菫色がぱちりと開いていた。

「……!?」
「ぁ……」

よく見れば、それは見目愛らしい少女で。
落ち着いて状況判断をしたところ、どうやら自分は抱き着かれていたらしい。
イザークは吸い込まれるように菫を覗きこむ。
覗きこまれているのは当然キラで。 すぐ戻ってくるという約束を信じていたから、
扉が開いた瞬間アスランに飛び付いたつもりだったのに、それは違う人間だったのだ。
もちろんイザークがそんなことを微塵も知っているわけはなくて、尚もキラを食 い入るように見つめている。

「あ、あの……」

アスラン以外の人間は怖い。
それがキラの心の中だったから、慌てて腕をイザークの身体から解く。
アスランの助けを祈りながら震える脚でキラは一歩一歩後退りしていく。

「ごめんなさ……」

掠れながらも発された声にイザークはハッとした。
こんな可愛らしい少女を見たのは初めてで、味わったことのない感覚がイザークの胸を支配していた。
何故こんなところに軍人ではない女がいるのかという疑問すら浮かばないほど、
ズキズキとその細い身体を引き寄せたい衝動に駆られる。

「おい、お前……」

イザークが注意を促すのと、キラの脚がベッドの縁にとられるのは同時だった。

「きゃあっ!」

キラの身体はそのままかたいベッドの上に背中を打ち付けるように倒れ込んだ。

「大丈夫か?」

慌てて駆け寄ったイザークだけれど、亜麻色の髪の少女は転んだ痛みよりもイザークに怯えているようだった。
身体は小刻みに震え、菫は透明な雫で滲んでいる。

「おい……」

見上げる少女の表情に、胸が波立つ。
背中を摩ってやろうと腕を掴むと、キラの身体はビクリと大きく揺れた。

「おまえ……」
「ごめんなさいっ……」

ぽろぽろと涙を零しながら、キラは「ごめんなさい」と繰り返した。




「あすらぁんっ……」

しゃくりあげながらキラは、少年の名前を呼ぶ。


イザークはそれに顔をしかめる。


「アスラン……?」
「ふぇっ……」

しゃくりあげだした少女は、まだイザークの不快の名前を呼び続ける。






この、唇で。










「黙れ……うるさい……」






イザークはそう前置くと、キラの唇に噛み付いた。















アスランが戻ってくる、五秒前のことである




















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