沈黙
太陽が姿を消すと、仄かな赤みを帯びていた空は次第に闇に包まれて、月と星明かり、
そしてそれらを映して美しく歪んだ波だけが世界を照らしていた。
窓辺にはそんな光景がぼんやりと映っていて、吐息でガラスを白く曇らせながら、キラは外を見つめていた。
遅い、な。
そんなことを思う相手は決まっていて、この闇よりももっと深い漆黒の髪をした少年の帰りをキラはただ静かに待っていた。
帰ってきてもろくに口もききさえしないけれど。
それでも一人は寂しい。
というより、苦しい。
一人で何かを考えていても、それが贖罪の想いであっても、結局は独り善がりの、ただの偽善へと姿をかえる。
だったら他人に貶められて、蔑まれて、疎まれて、絶望を全身に受け止めたほうがずっと心地よい。
……心地よさを求めてる段階で、もう駄目なのは解ってるけどね
それでも、優しく抱き締められて、髪を梳かれ、愛撫をされて、愛してるよと囁かれるより、シンの存在はずっと自分に相応しい居場所。
だから思い出しそうになった腕の温もりを打ち消そうと首を振った時、ガチャリ
と扉の開く音がしてシンが帰宅したことを知った。
懺悔の時間の始まりだった。
「遅かったね。どこか寄ってきたの?」
シンは答えない。
今彼がどこで働いて、どうやって食料や生活物資を手に入れているかなんて、キラには分からなかったし、教えられることもなかった。
シンは詮索されることを嫌う。
ただ、硬質な表情を変えてキラに真実を教えてくれるのは、家族のことと、「ステラのこと」だけだった。
その時だけはシンに彼の「少年らしさ」が滲みでて、キラは少しだけ安堵を覚えるのだ。
僕にはまだ憎しみをぶつけられるだけの価値があるんだね
言うつもりなど毛頭なかったのに、シンに抱かれた後の余韻のせいか、以前そう零したキラを、シンは気怠そうに一瞥するだけだった。
シンからは磯の香りがした。
海に浸かったの、と尋ねると、そんな訳ないだろとぶっきらぼうな返事をされてキラはクスリと笑ってしまった。
するとシンは面白くなさそう呟く。
「ステラの弔いだよ」
その言葉にキラの身体が硬直した。
全身の血液が冷えていくのがわかる。
シンは決して泣かないけれど、数少ない言葉の端々から家族と、ステラへの愛情が溢れていた。
そんな彼の最も愛する人達を空に帰(おく)ったのは、自分。
自然と喉が引きつって、シンの瞳が朱色に塗れた自分の手の色と重なる。
「アイツ海が好きだったからさ」
キラは頷いた。 顔も見たこともないけれど、ただシンの想いに頷いた。
この後の自分の存在理由は、シンに抱かれることだけだ。
氷のように冷えた指で、キラはゆっくりとシャツのボタンを外しはじめた。
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