「ちょっ…ちょっとまってくださいっ……!」
性急に素肌を撫でるアスランの手を、キラは必死に止めた。
「なんだ」
それが不服だったのか、アスランの声は低い。
何かあるなら早く言え、とアスランははだけさせたシャツからのぞくキラの胸の突起に噛み付いた。
「あ、あのっ……僕が……」
「お前が何?」
「僕が自分でやりますっ……」
これがキラにできる唯一の妥協だった。
男が男に押したおされるなんて、恥以外の何物でもない。
だからせめて自分が上に乗れば救えるものがあるんじゃないかと、真意は伝えずにキラはアスラン提案する。
「キラが?」
「はいっ」
「俺に?」
「はいっ……」
自然と声が小さくなってしまう。
駄目だろうか、とキラが俯いた瞬間にアスランにするりと臀部を撫でられた。
「うわっ」
「いいぞ」
アスランは特に疑う様子も見せずに返事をした。
「御手並み拝見といこうじゃないか」
この人はやっぱり僕を馬鹿にしていると、キラはきゅっと唇を噛み締めた。
好きでやっているんじゃないんだと自分を慰めながら、脚を投げ出したアスランの上に身体を浮かせた。
まさかこんな日が来るなんて夢にも思わなかった。
裸で人の上に跨がるなんて情けない真似をするなんて。
それも男相手に。
熱い屹立に腰を落とす勇気がなくて動くのをためらえば、善意の塊に扮したアスランの手がキラの腕をひく。
「キラ、本当に平気?」
「平気っ……ですっ」
そっと脚を動かせば、キラの性器に猛るアスランのものが触れた。
「ひっ……」
「それは感想か?」
アスランは意地悪くにんまりと微笑んだ。
よくこんなものが中に入ったものだと冷や汗を感じる。
この間の出来事はもしかしたら夢かもしれないと、キラはアスランを上目づかいで窺った。
「本当に……やるんですか?」
「キラが自分でやると言ったんじゃないか」
「でも……無理……こんなの……」
確かに、不本意ながらこの方法で払うことに決めた。
そして、キラが払うのだからリードも自分がと言ってしまった。
だがこの目の猛々しい雄を目の前に尻込みしない男(?)が、この世のどこにいるというのだろうか。
今アスランのものを飲み込もうとしている場所は、元々そういう器官ですらないのだ。
「こわ……い」
ぽつりと本音を零したキラの背をアスランの広い掌がそっとなでる。
「無理するな?」
「アスラン……さん」
さすってくれる手が、なんだか優しい。
嫌なことをさせられているにも関わらず、キラの単純な頭はアスランの言葉にじわりと感動してしまう。
アスランはキラを気遣うように腰のあたりも撫で上げた。
心配ならそもそもこんなことさせないだろうに、そんなことが頭の中から飛びはじめたキラはアスランにほだされかけていた。
今からこの行為をとめても問題ないかもしれないという自信が、アスランの様子からぼんやりと頭に浮かぶ。
「じゃあ……やめても」
「やっぱり俺が挿入るか?」
二人の声が重なった。
優しく紳士的な声色も、結局、アスランのものだ。
「え……」
「自分でやるのが辛いなら、俺がやってやる」
むしろ俺はその方が好きなんだ、と知りたくもないアスランの趣向を聞かされてキラの顔が思わず引き攣る。
逃げる間もなく腕を強くひかれ、今度はキラがアスランの下に押し倒された。
「あ……」
「愛し合う行為なんだから、余計な趣向はいらない」
なんだか純情めいたことが聞こえた感じがしたけれど、後蕾に指をはわされてキラの思考が止まってしまう。
「ひぁっ!」
キラの性器の先端から溢れる雫が蕾のところまで滴り落ちて、アスランの指の動きを滑らかにする。
息をのんだのは、かたくて冷たいアスランの指先が潜り込んできたからで。
「あっ……いたぁっ……」
「少し……我慢しろ……」
濡れた音が聞こえて、身体に自身の脈の音が響く。
キラの精液を絡めたアスランの指がキラの蕾の襞をひとつひとつなぞっていく。
性器を擦られた刺激で秘部が弛緩すると、アスランは勢いよく指の抜き差しを繰り返し、キラはびくりと身体を跳ねさせた。
「ふ……やぁっ…」
「キラ……久しぶりだから……かたいな……」
アスランはキラを安心させるように首筋を舌でなぞる。
そのまま、なだらかな胸にぽつんとある薄い色の突起を吸い上げる。
キラの嬌声とともにそこは少しずつ勃ちあがる。
「誰にも……触らせなかったんだな」
アスランの声は喜びで跳ねていた。
どうしてそんな嬉しそうな顔をするんだと僅かしか残っていない理性で考えるけれど、アスランの愛撫のせいでその少しの冷静さも奪われていく。
「ゃ……もうっ……」
与えられる感覚に堪えられなくなってアスランの胸をぽすんと叩くと吐息の音がした。
「ほしい?」
「んっ……」
深々とキラのなかに食い込んだ指先が、一番敏感な場所をぐりりと押すからキラは何度も頷いた。
アスランの言葉の意味はもうわからなくて、早く込み上げるものをなんとかしてほしいとだけ思う。
「いれるぞ……」
耳元にぞくりとするような甘い音がかかり、自然と腰が揺れた。
中を探っていたものが引き抜かれ、代わりに熱い塊がもぐりこむ。
「あっ……」
中を擦られる度に気持ちがいい、とキラは譫言のようにつぶやいた。
もう相手がアスランだとかそういうことはどうでもよくて。
ただ突き上げられる快感の波にキラの意識のまれていった。
「や……ああっ……」
アスランの腹に挟まれて擦られる部分が気持ちいい。
熱い雄が容赦なく内部を掻き交ぜて、キラは一生懸命逃げ道を探すように手を伸ばす。
「キラ……」
逞しい背中に爪をたてても、苛立ちの言葉は聞こえないから、キラは揺さぶられるまま男の身体に縋り付いた。
「ふっ…あぁっ……」
ぽろぽろと目尻から零れる。 愛おしげに与えられる口づけが心地よくて、潜り込む舌に自分のものを、おずおずと絡めかえす。
奥まで貪られて息が苦しいけれど、堪えられる。
名残惜し気に唇が離されて見上げた先には濡れた翡翠の瞳があった。
薄い唇が、自分の名前を形作るのがわかった。
「あ……」
脚を抱え上げられた。
もっと深くえぐられるのだと察知したキラの身体は喜びに震える。
そしてそのまま快楽のなかに。
行くはずだった。
いや、今まさに気持ちがよいのだが、お腹に脚を近づけさせられた態勢が、キラのもうひとつの感覚を呼び起こしてしまった。
腹の底からくるのは、恍惚で支配してくれる感覚とはまるで性質の違うもの。
「う……」
突然口元を両手で覆ったキラをアスランが訝しげに見下ろした。
「どうしたキラ……」
「気持ち……ぃ」
「なに?」
「だ……め」
アスランがキラの中で動いたとき、その感覚は決定的なものになった。
「吐き……そう」
アスランが自分の名前を叫ぶ声が聞こえて、そこでキラの意識はぷつんと切れた。
++++++++++++++
「ん……」
目の前の光景には既視感があった。
広がる絹の海。
軋まない、ベッド。
厭味みたいに高級感たっぷりの調度品。
なんだかムッとしてしまって、キラはベッドに顔を沈めた。
「……あれ?」
この行動にも、覚えがあった。
キラはむくりと起き上がるとブランケットをそっとめくった。
シャツとボクサータイプのパンツ。
「……」
嫌な予感が頭をよぎる。
身体は綺麗だった。
シーツも新品同様だ。
けれど、何故だか、腰がズシリと痛む。
「……まさか」
嫌な予感がして振り返ったけれど、そこにキラが想像していた人物はいなかった。
「いない…?」
少しだけがっかりした自分に驚いて思わず顔をはたいてしまった。
「いた……い」
叩いたのだから当たり前なのだけれど、キラの頬には紅葉色がへばりついた。
ふと、あるものが目にとまった。
ベッドサイドの小さなテーブルには食事が置かれていた。
「……これ……」
オレンジジュースに、半分に切られたトースト。
小さめの容器に盛られたサラダがみずみずしい。
隅に大好きなフルーツヨーグルトも添えてあってキラは感嘆の声を漏らした。
「おいしそう……」
タイミングよく、お腹がなってしまった。
「そうだ僕……ご飯食べてないんだった」
そう口にして、キラははたと動きをとめた。
「いつ……から……」
いつから食べてないのだろう。
日付の感覚が一切、ない。
キラは一度深呼吸をした。
ああそうだ。
きっかけさえあれば思い出すのは簡単なんだ。
現実がキラを容赦なく打ちのめしたけれど、ふいに目にとまったメモに胸がなった。
最寄り駅までの手書き地図と、スーツの置き場所が記されたそれにはアスランの名前がサインされていた。
「じゃあ……これ……」
この食事はキラのためのものなのだろう。
キラが二度目に気を失った際の世話はきっとアスランがしてくれたに違いない。
あの場にはキラとアスランしかいなかったのだから。
そう思うと、頬がポーっと熱くなっていく。
「あの人……」
キラは目の前のトーストの耳を小さくかじった。
冷たかったけれど、高鳴る胸の音ばかりが気になって味覚まで鋭敏にはならなかった。
「そんなに悪い人じゃ……ないかも……」
しかしキラのそんな思考は、メモの一番下に書かれていた「未払い+1」という
言葉に、撤回せざるを得なくなった。
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