「あすらぁ〜ん!!!」


出 た



ホテルの長い廊下の向こうにキラの姿を確認したアスランは、深く溜め息をついた。


緊張感もクソもない。


アスランは内心で舌打ちをした。
今の今まで、自分は議長やシン達と戦争と平和について、前線にたっている者として大切な話をしていたのだ。
そして改めて認識した「敵」や世界について、思いをかみ締めなければならないはずだった。

はずだったのだ。


走りづらそうな濃い紫のスカートを押さえながらも、一生懸命に駆け寄って来るキラの姿に眩暈さえ覚える。

「あすらぁ〜ん!会いたかったぁ!!!」

アスラン達エース一行の元にたどり着いたキラは、迷うことなく愛しの婚約者の胸に飛び付いた。
当然ながらも抱擁など返してくれないアスランに、
キラはぷぅっと頬を膨らませながらも逃げられないように腕にしっかりとしがみついた。
そんな姿も愛くるしく、アイドル関係には疎いと言っていたシンさえ横目でキラを捉えながら頬を赤らめていた。
ルナマリアは女特有の嫉妬も羨望も共に交えたような視線をキラに送っている。
そして、あのポーカーフェイスなレイまでもキラを意味ありげな瞳で見つめている。


イライラする


理由は解らないが、やはり苛立つ。
キラのこういう軽はずみな態度も、キラを見る周りの態度も。

俺達は遊びに来ているんじゃないんだぞ


そう怒鳴りそうになった衝動を抑えて、アスランはキラの身体をそっと押し退けた。

「あぁんっ」

どこか非難めいた声を出して、キラはアスランから離れた。
やはり腕の間には、先程までアスランに押しつけられていた胸が揺れていた。

「いい加減にしてください」

アスランの冷えた声にキラの身体がビクリと震える。
アスランの態度に流石にデュランダルも驚いたようで、キラの肩にそっと手をかけた。

なんだ、その手は


ふと思ったことに驚きながらアスランはデュランダルの方を見た。
彼は年相応の、悠然とした笑みをたたえながらそっとキラに囁く。

「アスラン君はね、先日も連合との戦闘で活躍してくれたんだよ。
だから少し疲れているんだ。あまり騒がれるのは嬉しくないのだろう」

優しくキラを諭してくれるデュランダルだったが、アスランの胸の黒い塊は一向に取れる気配がない。
なのにキラは目を輝かせながら議長の言葉に頷いている。

「わかったわ!キラ、もう少し静かにするから!
アスランは別にキラのことを嫌いになったわけじゃないのね!?」

煩い

議長にもそんなカオ、出来るんじゃないか

……って、それは関係ないだろ


キラを無視して歩き出したアスランを再び甲高い声が襲う。

「あぁんっ!アスラン!どこ行くのぉ!?」


静かにするんじゃなかったのか。


そう思いながらも「食事です」と口にしたアスランに「キラも行くっ!」と叫ばれて、
アスランは舌打ちを今度こそ音にした。
そんなアスランにキラは泣きそうな顔になってから俯いた。

「じゃあ……キラやっぱやめる。アスランに嫌われるの……ヤ」

嗚咽さえ聞こえそうな重い空気がアスランにのしかかる。


けれど


「では、キラ。私と一緒に食事をしようか」

という議長の声と、明るく頷くキラの声が耳を貫き、なぜか眉間にシワがよる。
ルナマリアが見たら悲鳴をあげるだろう。


まぁ、いい。


今夜は議長がリザーブしてくれた高級ホテルの一室がアスランの眠る場所だ。
艦のものとは違う柔らかいベッドでの眠りは、さぞ素晴らしいものに違いない。
この苛立ちなど払拭してくれるほどに。





「ねぇねぇ、隊長ってキラ様のこと嫌いなのかしら!」
「知らないよ、そんなの。ていうかどうでもいいよ」
「人の詮索をするのはあまり関心しないな、ルナマリア」
「何よぉ、二人ともっ!」

歩き出したシンとレイのあとを、文句をたれながらルナマリアは着いて行くのだった。


←BackNext→